チーム創りコラム

『全力』の出し方、ご存知ですか?

今日から新年度がスタートしました。
生活や環境が一変した方々の「よし、やるぞ」という活力みなぎる空気が街のあちらこちらに漂っている時期です。

それなのに。
部下にやる気が見られない…
前ほど仕事が楽しくなくなって…
もう辞めたほうがいいんじゃないか…

こういった仕事上の悩みは「新年度に変わったからなくなるだろう」が通用しないんですよね。皆さんも一度はご経験があるのではないでしょうか?

『以前は一生懸命、全力で仕事に取り組めていたのに、今はなぜかモチベーションが上がらない』
『自分なりに努力をしているのに周りから評価してもらえない』

こんな風に悩む時、何が私たちから「全力」を遠ざけていると思いますか?
何があったら、全力で、やる気を上げて、仕事に取り組めるのでしょうか?

その答えを考えるにあたって、ある実験が参考になるかもしれません。

水槽の半分しか泳がない魚

大きな水槽の中を回遊魚が群れをなして泳いでいました。

ですがよく見ると、この魚の群れは水槽の右半分だけを泳いでいて左半分を泳ごうとはしません。水槽にエサを入れると元気よく食べ始める勢いのある魚たちでしたが、水槽の全面にエサを満遍なく入れても、なぜか左側にあるエサは食べに行こうとしないのです。

この魚の群れに、いったい何が起きているのでしょうか?!

実は以前、この魚たちも水槽全体をイキイキと泳いでいました。ところがある時、群れは右側に集められ水槽の真ん中に透明な仕切り板を入れられたのです。今まで通り水槽全体を勢いよく泳ごうとすると、仕切り板に思いっきりぶつかり痛い思いをします。そしていつしか「あちら側には行けないのだ」と学習し、右半分だけを泳ぐようになったのです。

ですが仕切り板を外しても、魚たちは右半分を泳ぎ続けました。痛い思いをした板はもう存在しないにもかかわらず「あちら側(左半分)には行けない」と思い込んだままだったのです。

思い込みが行動を制限する

魚の例で言う”あるはずのない透明な板”は思い込みや既成概念です。そこから「どうせできない」「がんばっても無駄」というような諦めの気持ちが生まれ、自分の行動を制限していることはないだろうか?と自問自答してみようという教訓なんですね。

たとえば、過去に上司から否定され続けた人は「何をやっても自分はダメだ」と思い込み、チャレンジすることを諦めているかもしれません。
たとえば、誰かを傷つけた経験がある人は「何かを言ったらまた相手をガッカリさせてしまう」と思い込み、意見を飲み込んでいるかもしれません。

自分の中にある思い込みは透明です。
無意識に作られた「見えない板」なんですよね。
自問自答することは、その見えない透明な板に色をつけて認識できるようにし、怖さを乗り越えられるようにすることなのかもしれません。

『過去にはそう思い込んだけれど、今はどうなのだろう?』

こういう自問自答が、今後の自分自身のパフォーマンスを高め、自分をもっと成長させるためのキーワードになるはずです。現状では、周囲から水槽の右半分しか泳いでいないように見えているかもしれないからです。

無力感を脱出するきっかけ

なぜか水槽の右半分だけを回遊する魚の群れは、ある時から水槽の左半分には行かなくなっていました。水槽の真ん中に仕切り板が入り「あちら側には行けない」と学習したからでした。仕切り板を取り払われても学習効果で「行けない」と思い込んだまま、板はないのに右半分だけを回遊し続けたんですね。

それが再び水槽全体を泳ぎ回ることができたのには、ひとつのきっかけがありました。

お察しの方もいらっしゃるかもしれません。
そうです、「仕切り板があったことを知らない魚」を1匹、水槽に入れたことでした。

「行けない」と学習した魚の群れをよそに、その新入りは水槽全体を自由に泳ぎ回ります。仕切り板で痛い思いをした魚の群れは最初のうち「そこを通ると痛いのに…」と呆れ、バカにしていたかもしれませんね。

でもある時、自由に左半分に撒かれているエサを独り占めしている新入りを見ていた群れの中の1匹がこう思います。

『もしかして、あちら側にも行けるのかなぁ…』
『よし、行ってみよう』
『あれ?痛くない…行けた!』

こうして群れの中に「行ってみよう」と思う魚が徐々に増えていき、群れはついに水槽全体を泳げるようになった、ということでした。

この魚の群れの話は、セグマリンという心理学者が『学習性無力感』を証明した実際の実験と言われています。頑張っても望む結果を得られないという経験をし、その状況が続くと「何をしても変わらない」といった無力感が作られて、行動を抑制するようになるというものです。

水槽全体を泳げるはずの魚の群れは「行けない」という思い込みにより右半分だけを泳ぎ続けていたということなのです。

無意識に「諦め」が生まれていないか?

わたしたちにも無意識に「意見を言っても受け入れられない」「ああいう言動をすると誰かが困ってしまう」といった思い込みによって、行動を制限されていることがあります。誰かを傷つけたり、自分が傷ついたりした過去の痛い経験が、見えない透明な仕切り板の役割を果たして『あちら側に行けない(=その行動をしてもムダ)』という既成概念を作り出していることがあるんですね。

「見えない思い込み」を突破するにはまず、自分の中にあるそうした既成概念は何か?を知るために自分自身をしっかりと見つめること。そして、後から入れられた新入り魚のように「その行動をしたら痛いよ…」と感じる人をちゃんと見て、怖さを乗り越えて『よし、自分も行ってみよう(=怖いけど行動してみよう)』と勇気を出すことです。

水槽の右半分しか回遊できなくなった群れは「いつも通りの全力」で右半分だけを泳ぎ続けていました。ですが本来は「水槽全体を泳ぐことのできる全力」を出すことができるはず。仕切り板のせいで痛い思いをしたから『あちらには行けない』と思い込んでいる…自分とは違う行動をしている新入りの力を借りて、その怖さを乗り越えたことこそが、本来の全力を出すための秘訣なんですね。

今までと違う行動が「全力」をブーストする

そうは言っても、まず自分の中にある思い込みを知る作業は本当に難しいです。なにせ無意識だからです。

ですが日常の中には「透明な板に色がつく瞬間」が必ずあるんです。
それが、誰かの行動を見てイライラしたり落ち込んだりする時。
ちょうど自由に泳ぎ回る新入り魚を見ていた群れが「痛い思いをするのに…」と呆れたりバカにしたりしているのと同じです。

過去にあった透明な板という思い込みの存在があるからこそ「その行動をしてもムダ」という自分の中の既成概念がイライラや落ち込みといった感情によってあぶりだされるんですね。

そしてさらに、勇気を出して怖さを乗り越え「やっても無駄」とか「やってはいけない」と思い込んでいるその行動をやってみること。これはもっと難しい。痛い思い、つまり自分や誰かを傷つけてしまうのではないか?という恐れの気持ちをグッと抑えて、安全な水槽の右半分から出るということなのですから。

でも、本当はもう透明な板はないのかもしれません。
過去はそのせいで痛い思いをしつづけたけれど、今は違うかもしれない。
新入りを見て勇気を出した群れの中の最初の1匹のように「今までと違う行動」を選択できたら。

そのときこそ、本来の『全力』が出せているはずです。

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