【共育】コラム

チームを創るために、自分と他者の『価値観』を理解し、受け入れる

はてなマークを浮かべている子犬

社会に出ると、ほぼもれなく人間関係の問題に巻き込まれ、疲れ、 病んでしまう人が多くなります。
もちろん、私もそうでした。
それは、自分の中に確固たる「価値観」が存在していること、そして同じような確固たるものが他者の中にも存在していること、これらを全然理解していなかったからだと思っています。

わかりやすく言えば、各々の中にある『普通こうでしょ』『こうあるべきでしょ』という部分です。
なぜそれを『普通』と考えるのか?そう考えるようになったきっかけは?などを考えていくことで、自分を含め「その人」がどのようにして作られたかを知ることができます。

社会人を20年以上やっていますが、そうしたことはこの会社に入って初めて考えるようになったことです。
今日は私自身の例を踏まえて「自己を理解する」「他者を理解する」ことの大切さと面白さについて考えていきたいと思います。

自己理解が足りてない…実は『人見知りな自分』ではなかった?!

接客や営業は長いですが、こう見えて私は人見知りでした。
初対面の人とはなかなか上手く話せません。仲良くなるまで、心を開くまで時間がかかります。
ですがこれまでは、なぜ人見知りになったのか?いつから人見知りになったのか?を考えたことはありませんでした。

そこでこの謎を紐解くべく、自己探求の旅へレッツゴーすることにしたのです。

過去を遡って「人見知りのエピソード」を探してみた

順追って自分の歴史を振り返ってみます。

まずは10年前。
営業会社で管理職をしていました。面接や育成、商談、会議での進行やプレゼン…ほとんど毎日、誰かと話しています。

そして12年前。
バーテンダーをしています。バーカウンター越しにお客様と会話を楽しんでいます。割と顧客(ファン)を作るのは得意なようです。

では20年前。
またまた営業。訪問販売や実演販売をしています。営業実績はなかなか良かったみたいです。

さらに遡ること26年前。
高校生。甲子園を目指して毎日野球に打ち込んでいます。

まだまだ…30年前
中学生。部活の野球に打ち込む傍ら、3年間生徒会として活動している自分がいました。

そろそろ記憶が…32年前。
小学生。ソフトボールのスポーツ少年団に入っています。でも団員約100名のキャプテンをしています。

これが限界!40年前。
小学生。学校帰りの田舎の田んぼ道で、友人とどじょう掴みやバッタ獲り、秘密基地を作ったりして遊んでいます。

こうして自分の過去を振り返ってみると、やっぱり人見知り・・・ ・・・

ん!?
ん!?

客観的に見ると・・・人見知りではないような気がしてきました。
どちらかと言うと、社交的、アクティブなような…人見知りになるようなエピソードは全くもって見つけられなかったのです。

人見知りと思っていた自分はどこから来た?

では、私はどうして人見知りなのか???謎を解く答えは、意外にも最近にありました。

今から数年前、 新人教育やスタッフ育成に力を注いでいた時のことです。営業会社でしたが、敢えて営業未経験者しか採用しない会社でした。未経験者の方が何色にも染まっておらず、 チームを創りやすいという考えからです。

ですがそこは未経験者。 メンタルがあっちへ行ったりこっちに来たりと、とても不安定でした。
・この仕事は向いてないんじゃ・・・
・人に物を売るのが・・・
・俺なんて・・・
まぁ、営業会社に関わらず、新人あるあるなのですが。

こんな時、みなさんも経験があると思いますが、 育成者(先輩)である自分の話をしますよね?
『自分も昔はこうだった・・・けど今は・・・』みたいに経験談を話したりして安心と自信を持たせるアプローチ。
私も同じ方法を取っていました。しかし、ちょっと違ったのが、 自分の過去の話を「作り上げていた」ことでした。
『今はこう(人見知りには見えない)だけど昔は人見知りが激しくて・・・ でもそれを克服して・・・だから君も全然変われるんだよ・・・』のように新人に勇気と自信を持たせる意味で捏造していたのですね。

もちろんその捏造によって新人に希望や勇気を与えていたのは事実です。
しかし、毎回毎回作り話をしているうちに、その話が「真実」として自分の細胞レベルに刷り込まれていってしまったのです。いつの間にか、何の違和感もなく、 自分は人見知りを克服した人間であると思い込むようになっていたのだと思います。

「自分はこうである」という思い込み

今回自分探しの旅をしなかったら、 今後も「自分は昔、人見知りだった」という思い込みはそのままだっただろう、と考えると少し怖い気がします。

長年付き合ってきている自分なのに、これからも付き合っていく自分なのに、意外に自分の中の「こうである」という考えや信念も曖昧なものだったりするのです。もっと言えば思い込みで出来上がっているのかもしれないということなのですね。

まずは自己探求をして、自分の中にある既成概念やフィルター(物事の見え方・捉え方)を見つけることが自己理解を深めてみませんか?私のように、 捏造したことで思い込んでしまっているような意外なフィルターが見つかるかもしれません。

他者の『物事の見方や捉え方』を理解する

「赤いリンゴは美味しかった」
これは、ある日、ある女性がツイートした文章です。

そのツイートに、いくつかのリプライがついていました。
「赤くないリンゴだってありますよ」
「あなたが食べたのは本当にリンゴだったのかは分かりませんよ」
「赤いのはリンゴだけじゃない。イチゴだって、 サクランボだって赤いだろ」
「赤くないリンゴを食べた人の気持ちになったことありますか?」

このリプライを見て、みなさんはどう感じますか?

ツイッターは「誰かの価値観」の宝庫

私の正直な感想は・・・(アホくさっ!!)←心の声 でした。
最後のコメントなんか、完全に言いがかりですからねw

ご存知のようにツイッターは、ユーザーが「つぶやき」 と呼ばれる140文字以内の短い記事を書き込み、 他のユーザーがそれを読んだり、 返信することでコミュニケーションが生まれるインターネット上の サービスのこと。(ちなみに私たちのアカウント @teamcreationPR もフォローよろしくお願いしますw)

私個人として活用しているアカウントでは、ほぼツイートはしていません。ヒマつぶしにタイムラインを閲覧している程度です。実は、以前はまめにツイートしていましたが、フォロワーが増えると、 匿名なことをいいことに、 くだらない言いがかりや炎上ツイート、 ネガティブツイートが蔓延してきます。そんなツイートジャングルに辟易して、 一旦ツイッターから離脱した時期がありました。

ですが最近は思いの外楽しくなってきました。
楽しいんじゃないです。「めっちゃ」楽しいんです(笑)
相変わらず閲覧しかしていませんが、 意図的にフォロー数を増やしています。何が楽しいって、誰かの「つぶやき」やそれに対する「リプライ」を見ることです。

誰かの意見に対して思うこと、その反応はどういうものか?に興味を持つ

冒頭の「赤いリンゴは美味しかった」…このつぶやきに対してのリプライはまぁ、ある意味言いがかりですよね。
ボクシングで言えば、見えない角度からのカウンター。お笑いで言えば、漫才のネタといったところでしょうか。

あれだけ辟易して離脱した私が何故個人のツイートやリプライを楽しめるようになったか?
それは、リプライしている人をある意味「神だな」と思ったからです。
『どんな見方をしたらそんなリプライができるのか』と考えると不思議で不思議で。
その人にはどんな景色が見えているんだろう?ということに興味しか湧かなくなってきたからなのです。

それぞれフィルターがかかっているだけなんだと分かった時、私は楽になりました。だからこそ「自己探求」「自分探しの旅」などにより『自分の価値観』に興味を持ち出したのですが、同時に『他者の価値観』にも興味を持てるようになったということだと思います。人が3人集まれば、3通りの考え方や価値観、見え方があって、 そのどれもが間違いではないのだと思えるようになったということです。

物事の見え方・捉え方=フィルター=価値観

フィルターとは「その人にとっての物事の見え方や捉え方」と先ほども書きましたが、中でも「普通こうでしょう」「こうあるべきだ」などのことです。そう考えると、ツイッターの世界はこのフィルターの宝庫だと言えます。

誰もが自由に自分の考えや気持ちを発信できるという世界ですから、自分自身が今までで出会ったことがない、 感じたことがないようなフィルターをかけた猛者がたくさんおられます。
流行りのスマホゲームで言えば、SSレアキャラ
チョコボールで言えば、金のエンゼル引いた感覚
チョコバットで言えば・・・
そろそろ止めておきますが、自分にとっては今までの常識を覆す「イレギュラー」な考えにたくさん出会います。

どれが良い悪いではない、と思うんです。
誰もが持っているフィルター、人によって見える景色が変わるフィルターを知って理解することで、 自分が持っているフィルターがアップデートされて、 自分の価値観が変わったり、視野が広がったりする。

辟易していたツイートに対してこんな風に思えるようになったのも、 おそらく自分の「物事の見え方(フィルター)」がアップデートされたからだと思うんですね。

自分の、他者の、価値観を理解し受け入れる

私にも皆さんにも、何枚も何十枚ものフィルターがかかっています。そのフィルターは幼い頃から長い年月をかけ、また強烈な経験を通して培われたものもありますから、完全に「外す」のは難しいことです。

ただ、アップデートすることならできます。スマホもアプリも定期的にアップデートがかかり、新しいものに更新されていきます。それと同じ感じで、 自分の「物事の見方・捉え方」もアップデートしていくことができるのです。

自身の成長や時代、付き合う人、環境などに合わせて、 自分のフィルターを常に最新版にすること。
それは「自分の価値観」を知り「他者の価値観」を知り、理解して受け入れていくことではないでしょうか?
その一つのツールとして、ぜひツイッターをオススメします(自分のフィルターが更新されたから言うのではありませんw)
また、ヤフーニュースのコメント欄なども興味深いものです。

そして、一つの目的に向かって進む「チーム」を形成するための一つの大きな要素としても、この「個人個人のフィルターのアップデート」が関わっていると私たちは考えています。
※個人が持つフィルターのアップデートを伴う育成をこちらで実施していますのでぜひご覧ください!

 

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