仕事をしていると、そのほとんどが「相手に何かを伝える」場面になるのだなと感じます。
お客様への商談・提案をはじめ、部下への指示、上司への報告、プロジェクトの企画提案…商談やプレゼン、会議やミーティングなどすべてが「伝える&理解する」という双方向のコミュニケーションです。
お客様への商談や提案はひとまず置いておくとして、社内の指示やミーティングになると途端に優先順位が下がり、きちんと話し合うことや共有することはないがしろにされ、とかく中身は適当に流されてしまう気がしてなりません。
その理由を突き詰めて考えると、
「わかったつもり」「わかってもらえたはず」なのだろうな、と思うんです。
ところで、ミーティングや提案・指示によって相手に伝えたいことは一体何でしょう?
自分と同じ価値観を持ってもらうこと?
考えや思いに共感し理解を示してもらうこと?
話の大枠を把握してもらうこと?
目的や方向性を共有すること?
確かに上のような目的である場合もあるかもしれません。
で、あれば「これをやりたい」「こう考えてくれ」「こういうことだから」という一方通行の話で構わないのだと思います。
けれど相手がわかってくれたかどうか?って何で判断できますか?
きっと、聞いた後に相手がどういう行動を取るのか?を見るのでは?
そうすると指示もミーティングも提案も報告も、コミュニケーションの大半の目的は【相手に行動を促す】ことではないでしょうか?
では、相手に行動を促すのに「これをやりたい」「こう考えてくれ」「こういうことだから」という一方通行の話をすると、どうなりますか?
理解度は相手の資質や価値観・知識レベルなどによって左右され、すぐに行動できる人とできない人が現れます。相手が部下であればもしかしたら「結局、何をすればいいかわからない」という状況に陥ることもあるはずです。
そしてこれが「伝わらない」「わかってくれない」と感じる状態ですよね?
何時間ミーティングをし、何回指示を出しても動いてくれないのは、相手の理解度の問題ではありません。こちら側の伝え方が一方通行だから、とは考えられませんか?
向かっている方向が求められている場所とズレているために「伝わらない」と感じるのであれば、何度も何度も目的や方向性を伝え続ける必要があります。
でも、相手に「やるべきこと」が伝わっていない、相手が何をすればいいかわかっていない状態で「伝わっていない」と感じるのであれば、それは伝え方や伝える内容が悪い。もしくは「このくらいわかるでしょう?自分で考えなさい」と相手にばかり求めていて、コミュニケーションを途中で投げ出してしまっているからでは?
何ら具体的に示していないのに、自分と同じ理解度を相手に求めるのはちょっと違うんじゃないかな。それを成長とか育成と勘違いしている人も多い気がします。
相手に動いて欲しいから、どうすれば相手は動くのか?を考えて伝える。
相手が動くために必要な情報と動機付けを与えてあげる。
本来、ミーティングや提案・プレゼンなどで伝える内容は、これです。
そして相手によっては、指示も報告も同じかもしれません。
動機付けとなるものは目的や方向性・想いでしょうし、動くために必要な情報とは「何をいつまでにどのくらいどうやって?」というプロセスでしょう。根拠を示しつつ事実を一緒に確認して、「目指す場所や道はどこなのか?」「目的を果たすために何をすればいいか共に考えよう」という感じで具体的に順序立てて伝えないと相手は動いてくれません。というより動けない。
「伝わらない」と感じるコミュニケーションは、この動機付けかプロセスが伝わっていないからです。「こうしたい・こうだから」という一方通行の話では、まったく伝わらないのです。
わかっているつもり、言っているつもり、聞いているつもり、やっているつもりで共有をないがしろにするのはもってのほかです。相手のことを考えたきちんとした対話さえできていれば少なくとも「伝わらない」は回避できるはず。うまくいかないのは、時間が取れない、理解してくれない、と言い訳をして目指す方向や具体的な行動を話し合う時間や場を”作る”ことから逃げているから。さらに、貴重な場を作ったとしても「わかるはずでしょう?」と一方通行で終わらせているからです。
こちらが何もせずとも自分と同じ理解度を持ってくれ、すばやく行動に移してくれるような人ばかりが周りにいるとは限らないことを認めないといけませんね。
一方通行のコミュニケーションを卒業するためには、「相手が」どうすれば動けるのか?動きやすいのか?を考え、動機付けと必要な情報を具体的に伝えてあげることです。
「自分の」考えをわかってほしい、「自分だったら」こう考えるはず、では、いつまで経っても相手には伝わりません。